「シン・ゴジラ」上映トークイベントの開催と記録を残したい!

「シン・ゴジラ」×「巨神兵東京に現わる」同時上映 樋口真嗣 × 丹治匠トークライブ

募集期間終了

イベントリポート

2018年2月3日

イベントリポート

 当日は170人の参加者があり、フォーラム福島で一番大きい劇場(フォーラム1)が満員となるイベントになりました。ただし、今回は、通常の座席指定での前売りチケット販売ではなく整理券方式だったために、入場に際し混乱があったことが反省点になりました。

 10分の短編「巨神兵東京に現わる」から上映を開始し、引き続き「シン・ゴジラ」の上映となりました。その上映中に、別室で樋口真嗣監督と丹治匠さんへのインタビューを行ないました。イベントでは硬軟取り混ぜた内容の話になりましたが、こちらではどちらかというと、硬派な話題に振った内容になったかと思います。
 樋口監督の言葉で印象に残ったのは、茨城県で撮影をしていたとき、思いがけず撮影ができない日ができたために、常磐線で開通したばかりの富岡駅までスタッフと共に行ったという話でした。常磐線が開通したということで行ってみたが、実際の富岡駅を見て言葉がなかったということです。樋口監督は言葉にしませんでしたが、現在、富岡駅はフレコンバッグの山に囲まれています。何も終わっていない現実、それを目の当たりにしたということを語ってくれました。
 丹治匠さんは、震災を下敷きにした集団劇が「シン・ゴジラ」で、個人の物語にしたのが「君の名は。」。両方の作品はコインの裏表であり、二作品を見ることで補完しあうということを仰っていました。これには、樋口監督も頷いていましたが、わたしも鑑賞当時から考えていたことだったので、非常にうれしくなりました。2016年の夏、かつて、自分が仕事をしていた業界の人たちが、その手で人々の心を救うものを作ってくれたことに感動したことを思い出しました。
 現在のわたしの仕事は変わりましたが、別な形で人々を勇気づけることができる、彼らの仕事 (わたしが言うのは畏れ多いのだが)に、共感と、自分も頑張らねばとの思いを再確認しました。

 『シン・ゴジラ』の上映終了後、休憩をはさんだ後、いよいよ、トークライヴが始まりました。樋口真嗣監督と丹治匠さん、そして、二作品を観た福島在住の若者の意見を出してもらいたいということで、上石美咲さんと武藤百夏さんに登壇してもらい、ファシリテーター(トークの調整役)に平井有太ふくしま30年プロジェクト理事という構成です。上石さんと武藤さんは、現在の福島を自分自身で知って発信したいということで、東京電力福島第一原発の廃炉現場の見学をして、その体験をふくしまFMの番組やfacebookで発信するなどの活動をしています。「シン・ゴジラ」を福島市で上映し、その制作者を呼んでトークイベントを開催する意味、娯楽作品として作った「シン・ゴジラ」の裏にある、監督たちの本音を引きだす呼び水として、彼女たちから質問をしてもらおうという意図で登壇してもらいました。
 樋口監督は、会場の盛り上げ方を知っているというべきか、話の引き出しの多い方で、会場が大いに盛り上がりました。駅弁の話題という、開催地の福島にまつわる話で観客の心をつかみ、そこから流れるように話を続けるさまは、樋口真嗣独演会のようでもありました。そこを平井理事が上手く誘導するかたちで、このイベントのテーマに持っていったり、上石さんや武藤さんから直球の質問をする展開もありました。
 その中の一つが、シン・ゴジラを観て、福島の人にどう思ってもらいたかったか、又は考えてほしかったのか?という質問でした。樋口監督は、「この件(原発事故)に関しては解決していないと思う。解決していないことに迂闊に調子のいいことは言えない。ただ、観終わってよかった、明日もがんばろうという気持ちになってもらいたかった」と語ってくれました。それは、インタビューのときに語ってくれた富岡駅の話とも通じることであり、クリエイターとして、受け手への想いを感じさせる言葉でした。
 丹治さんは、「シン・ゴジラ」には、初期のイメージボード(情景など検討用の画稿)制作者としての参加だけなので、関わりがあるとしても、第三者の目で見ているという立場だったそうです。脚本を読んで面白かったが、それをそのまま映像化するのは無理だろう。営業的な要請で、恋愛要素などが入れ込まれるだろうと思っていたら、そのままの形で映像化されたので驚いたということです。
 また、福島の人に観てもらい、どう思ってもらいたかったかという質問に対しては、「「君の名は。」でも震災に似たシーンがあり、僕も彗星が落ちた街の背景を描いたのですが、福島の人にどう見てもらうかということは考えていない。(自分は)映画は娯楽だという想いがあるのですが、震災を経験した上で(映画を)作っているので、おのずと表現の中に(その経験が)入っていくだろうとは思っている」と、メインスタッフとして関わった、「君の名は。」に絡めて答えてくれました。その実直な語り口に、新海誠作品の美術と同じ、気品のようなものを感じました。

※写真は、21年前に受けたインタビュー記事(月間モデルグラフィックス1996年12月号 90式戦車を特集するという形で、樋口監督にガメラ2についてのインタビューをした)を読み、苦笑する樋口監督。インタビューを受けたこと自体、忘れていたとのことです。

top