桐屋九代目当主が蘇らせた伝統工芸 〜未来へ繋げる会津木綿〜

桐屋紙器工業所|会津の老舗箱屋・オリジナルの会津木綿箱製品

募集期間終了

プロジェクト成立の御礼

2018年1月18日

プロジェクト成立の御礼

皆様から多くのご支援をいただきまして、この度のクラウドファンディングは目標達成、無事成立となりました。

本当にありがとうございました。

会津商工信用組合様、福島民報社様のご協力と、そして何より御支援くださいました64名の皆様に心から感謝致します。

長文ですが、これまでの桐屋の歩みと私のこれまでをご紹介させていただきます。


桐屋は江戸時代に物資を運ぶ「かご屋」として始まり会津藩より「桐屋」という屋号を頂戴したと先代より聞いておりました。

以来、時代の流れと共に人力車、更にはハイヤー(タクシー)に進み、何故現在の製箱業になったのかは、わかりませんが「箱屋」となっても100年以上の歴史があります。
平成に入ってからの不況により得意先が相次いで倒産・縮小し時には不渡り手形によるダメージを負いながら、それでもこの仕事を捨てられなかった先代(父)と私、時には経営に対する考え方の違いからぶつかる事もありましたが、やはりそこは親子、やがて会津木綿を使った箱屋としての商品を徐々に作って行きました。しかしそれを大々的に販売することはなく基本は漆器問屋さんや製菓会社の箱作りをメインとした業務内容でした。

売り先が減ってしまった桐屋は当然売り上げが減少し、それでも何とか頑張って採算ギリギリの商売を続けていましたが、2011年の東日本大震災後の諸々の影響で、その売り上げは再び落ちてしまいました。

その翌年には先代(父)が入退院を繰り返す様になりました。私は仕事の話などで頻繁に病床の先代の元を訪ねていましたが、その時先代がこの仕事にどれだけのプライドを持っていたかを知ることが出来、更には亡くなる2週間ほど前、ICU(集中治療室)に入る直前、ベッドの上で「桐屋は会津で一番なんだ、俺はそう思って今までやって来た、後は頼んだぞ」と言ったのです。私はその人の人生に終わりが来る時、こんな事を言えるって凄いと思いましたが、同時にこの人を越える事は出来ないだろうと悟りました。

そして「別に越えなくてもいい、その意思を継いで自分は自分らしく正直に生きよう」と思い、「箱の注文が少ないなら、自分で商品作って自分で売ればいいんだ」とある意味開き直りに近い心境になりました。

それから通常の箱作りの他に会津木綿を使った商品づくりに力を入れ、現在に至っております。

今後「桐屋」が何処までやれるかはわかりませんが、私は今回ばかりは決して諦めず、決して負けずに自分の信念のもと、更には父やその前の御先祖様に認めてもらえるよう、そして何よりもどんな時でも私を信頼し、苦労していても今まで「仕事とお金」で一度も文句を言った事がない妻のために、今も私たちの一助になろうとバッグ作りをしてくれている母のために、より一層の努力をするつもりです。

長々と書いてしまいましたが、改めまして今回のクラウドファンディングに御支援くださいました皆様に厚く厚く御礼を申し上げます。

平成30年1月18日 
有限会社 桐屋紙器工業所 代表取締役 9代目 諏佐淳一郎









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